日本国語大辞典(初版)の国家の項です。
(1)一定の地域に住む人々を支配、統治する組織。
これは国家イコール政府とする見解に近いです。
(2)特に、近代、一定の領土を有し、そこに居住している人々で構成され、一つの統治組織をもつ団体。
これは芦部のよる国家の定義に近いです。
(3)特に天皇を指す。… (4)戦国大名の領国。… (5)国と家。… (6)江戸時代、一国以上を領有する大名。
と続きます。今日は時間が無いので、以上で失礼します。
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日本国語大辞典(初版)の国家の項です。
(1)一定の地域に住む人々を支配、統治する組織。
これは国家イコール政府とする見解に近いです。
(2)特に、近代、一定の領土を有し、そこに居住している人々で構成され、一つの統治組織をもつ団体。
これは芦部のよる国家の定義に近いです。
(3)特に天皇を指す。… (4)戦国大名の領国。… (5)国と家。… (6)江戸時代、一国以上を領有する大名。
と続きます。今日は時間が無いので、以上で失礼します。
ラスキによる国家の定義では、国家と政府を区別することが政治学の基本定理であるとされていましたが、これとは全く逆の見解もあったりします。
例えば、飯尾潤『日本の統治構造』(中公新書、2007年)。これはサントリー学芸賞という賞を受賞するなどなかなか評判のよろしい本らしいですが、そのp72にこんなことが書いてあります。
西洋流に国家をステート(state)の訳語であると考えると、その国家には一般の民間人は含まれない。国家は支配機構である政府を意味するからである。西洋の政治学では、国家(state)と社会(society)の二分法をもとに議論を展開することが多い。国家に社会は含まれないのである。
まさにラスキやヴェーバーによる国家の定義と全く逆で、国家イコール政府としています。なんでこんな見解が存在しているのか、その謎を探っているところです。
マルクス主義政治学では国家を支配機構と見做すので、マルクス主義政治学が国家イコール政府説の源泉の一つだと考えられます。
もうひとつは、20世紀の終わり頃、アメリカ政治学界で国家論の復興というムーブメントがあったのですが、そこでいう国家とは国家イコール政府、国家イコール行政府、などと定義されていた、と日本で紹介されることがあります。ここらへんは伝聞のみで原典を確認していないのではっきりしません。いつか確認したら記事にしたいと思います。
現代日本の憲法学で国家はどのように定義されているでしょうか?
司法試験受験生の間で聖典のように扱われている芦部信喜『憲法』は、冒頭で国家の定義を示しています(1997年新版p3)。
一定の領土に限定された地域(領土)を基礎として、その地域に定住する人間が、強制力をもつ統治権のもとに法的に組織されるようになった社会を国家と呼ぶ。
国家を地域社会の一種とする点、強制力を持つとする点ではラスキなどと一緒ですが、芦部による定義の特徴点は、他の論者が付けている最高や独占や始源といった限定条件が見当たらないことです。芦部による定義では、地方公共団体なども国家ということになってしまいそうで心配です。
芦部本人による定義とは別に、こんな註釈も記載されていかす。
なお、憲法学では、例えば人権を「国家からの自由」という場合のように、国家権力ないし権力の組織体を国家と呼ぶことも多い。
ラスキは国家と政府の区別を政治学の基本定理であるとした(ラスキによる国家の定義参照)けれど、憲法学では国家と政府を区別しないこともあるわけです。
ちなみに、政治学でもラスキの基本定理に反して、国家を政府と同義に扱われることもあります。マルクス主義政治学と、その影響を受けた政治学者に多いようです。これについては別稿にて。
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