014 月
イーストンは国家の定義に関してこう嘆いています(David Easton, The Political System: An Inquiry into the State of Political Science, 1953. 山川雄巳訳、『政治体系―政治学の状態への探求』、ぺりかん社、1976年、p122)。
国家とは何か。ある著者は、国家についてのそれぞれ独自な145個の定義を集めたと主張している(9)。ひとつの述語について、これほど意見が一致しないというのも珍しい。現在の国家概念をめぐる混乱はあまりに大きいので、この問題が、さまざまな形で過去2500年以上にもわたって論じられてきたのだということが、ほとんど信じがたいぐらいである。
で、国家の概念を使うのはやめてしまえと主張しているのです。国家概念を使うのをやめてしまってはここのサイトは成り立たないので困ります。ただ国家の多義性は常に念頭においておかないといけませんね。
ちなみに、145個の定義を集めたという論文は
(9) C.H. Titus, “A Nomenclature in Political Science,” 25 American Political Science Review (1931), 45-60, on p.45.
だそうです(p120)。私は未見なのでいつかチェックしたいと思います。
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213 月
ラスキによる国家の定義では、国家と政府を区別することが政治学の基本定理であるとされていましたが、これとは全く逆の見解もあったりします。
例えば、飯尾潤『日本の統治構造』(中公新書、2007年)。これはサントリー学芸賞という賞を受賞するなどなかなか評判のよろしい本らしいですが、そのp72にこんなことが書いてあります。
西洋流に国家をステート(state)の訳語であると考えると、その国家には一般の民間人は含まれない。国家は支配機構である政府を意味するからである。西洋の政治学では、国家(state)と社会(society)の二分法をもとに議論を展開することが多い。国家に社会は含まれないのである。
まさにラスキやヴェーバーによる国家の定義と全く逆で、国家イコール政府としています。なんでこんな見解が存在しているのか、その謎を探っているところです。
マルクス主義政治学では国家を支配機構と見做すので、マルクス主義政治学が国家イコール政府説の源泉の一つだと考えられます。
もうひとつは、20世紀の終わり頃、アメリカ政治学界で国家論の復興というムーブメントがあったのですが、そこでいう国家とは国家イコール政府、国家イコール行政府、などと定義されていた、と日本で紹介されることがあります。ここらへんは伝聞のみで原典を確認していないのではっきりしません。いつか確認したら記事にしたいと思います。
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193 月
現代日本の憲法学で国家はどのように定義されているでしょうか?
司法試験受験生の間で聖典のように扱われている芦部信喜『憲法』は、冒頭で国家の定義を示しています(1997年新版p3)。
一定の領土に限定された地域(領土)を基礎として、その地域に定住する人間が、強制力をもつ統治権のもとに法的に組織されるようになった社会を国家と呼ぶ。
国家を地域社会の一種とする点、強制力を持つとする点ではラスキなどと一緒ですが、芦部による定義の特徴点は、他の論者が付けている最高や独占や始源といった限定条件が見当たらないことです。芦部による定義では、地方公共団体なども国家ということになってしまいそうで心配です。
芦部本人による定義とは別に、こんな註釈も記載されていかす。
なお、憲法学では、例えば人権を「国家からの自由」という場合のように、国家権力ないし権力の組織体を国家と呼ぶことも多い。
ラスキは国家と政府の区別を政治学の基本定理であるとした(ラスキによる国家の定義参照)けれど、憲法学では国家と政府を区別しないこともあるわけです。
ちなみに、政治学でもラスキの基本定理に反して、国家を政府と同義に扱われることもあります。マルクス主義政治学と、その影響を受けた政治学者に多いようです。これについては別稿にて。
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143 月
Laski, H.J., The State in Theory and Practice, 1935
訳書の書誌情報 http://opac.ndl.go.jp/recordid/000000886391/jpn
国家概念を黙殺する多元主義国家論で有名なラスキが、その多元主義を脱した後に書いた著作です。
これを書いた時期のラスキはマルクス主義に傾倒していたといわれていますが、国家を権力組織とみる所謂マルクス主義国家論とは異なります。ラスキによる国家の定義にも書いたように、ラスキにとって国家とは、支配機構を有する国民社会全体を指しているのですから。
20世紀前半の英米政治学からみた国家論のサーベイとして優れていると思われます。日本でも人気だったラスキの著書なのに、何故もっと注目されないのか不思議です。
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133 月
20世紀イギリスの政治学者であるラスキは国家をこう定義しました(ラスキ『国家』p6)。
われわれがここで主として問題にしようとする社会は、歴史の久しい時期にわたって、民族国家の形式を帯びた社会である。国家という語で私が意味するのは、かかる種類の社会、つまり、この社会の構成分子たるあらゆる個人又は集団に対して合法的に最高な一個の強制的権威を持つことによって統合された社会である。
ここでいう社会とは、
社会という語を私は、自分たちの相互の欲求の満足のために共に住み働いている人間の一集団の意味に解する。・・
です(同p5)。国家は民間人を含む人間集団であるとしているのであって、そのことは
例えばフランス国家は政府と被治者とに分れたる一個の地域社会
と例示している(同p6)ことから明らかです。
ちなみに政府(government)については、
国家は、自らが自由にしうる最高強制権力を国家の名において運用する一団の人々を必要とする。しかしてこの一団の人々こそ、われわれが国家の政府と称するものである。
と定義してます(p8)。
今や国家と政府とを截然と区別しなければならないことは、政治学の基本定理の一つである。後者は前者の代理者にすぎないのであって、国家の諸目的を遂行するために存在するのである。
と断じています。国家と政府の区別は基本定理です。国家と政府を同一視するマルクス主義国家論とは相容れない立場ですね。
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