Georg Jellinek, Allgemeine Staatslehre, 1900.
ゲオルグ・イェリネク『一般国家学』、芦部信喜ほか訳、学陽書房、1974年 書誌情報
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Georg Jellinek, Allgemeine Staatslehre, 1900.
ゲオルグ・イェリネク『一般国家学』、芦部信喜ほか訳、学陽書房、1974年 書誌情報
ヴェーバー『職業としての政治』における国家の定義は次の通りです。
国家とは、ある一定の領域の内部で――この「領域という点が特徴なのだか――正当な物理的暴力行使の独占を(実効的に)要求する人間共同体である〔p9〕
この国家の定義は世間でよく引用されるのですが、正当、独占、共同体、といった誤解を生じやすい概念が用いられているので注意が必要です。
正当というのは、
正当なものとみなされている、という意味〔p10〕
にすぎません。支配に服従する人が正しいと思えば、第三者からみて怪しくても、それは正当と呼ばれます。ヴェーバーは、支配の正当性の根拠として、お馴染みの伝統・カリスマ・合法の3類型を挙げています。
例えば現代日本の領域内には在日米軍が存在しており、日本国が必ずしも暴力を独占しているわけではないので、ヴェーバーの定義によると日本国は国家ではないことになってしまうかもしれません。
暴力の独占について、ヴェーバーは次のように説明しています。
国家以外のすべての団体や個人に対しては、国家の側で許容した範囲内でしか、物理的暴力行使の権利が認められないということ、つまり国家が暴力行使への「権利」の唯一の源泉とみなされているということ、これは確かに現代に特有な現象である。〔p9-10〕
在日米軍の存在は日本国が許容しているから、日本国は無事に国家ということになるわけです。ただ、他者の存在を許容することは「独占」とは呼ばないですよね。「独占」というよりも、イェリネクのいうところの「始源的」がぴったりくると思います。イェリネクによる国家の定義はまた別稿で書きます。
『職業としての政治』は共同体について定義していません。『社会学の根本概念』では共同体ではなく団体の語を用いています。詳しくは(2)で書く予定ですが、この団体は被治者を含みます。
ヴェーバーの定義する国家は政治家や官僚の共同体であると思い込んでいる人もいるようですが、それは誤りです。ウェーバーにとっての国家は、あくまで一般民間人を含む国民共同体です。この点はラスキによる国家の定義と同様です。
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